カラマーゾフの兄弟 2巻

「カラマーゾフの兄弟」が俄然2巻から面白くなってきた。

自分でもビックリである。

思うに、1巻は、「話、脱線してること、誰か突っ込めよ」とか、「ところで、とか言って、話途中で変えるなら、最初から話すな」とか、「何の為に会話してるのか誰か説明してよ」とか、心の中で突っ込み疲れてばかりだった。

しかし、この長饒舌にまず、麻痺する。

もう、その場に居合わせたアリョーシャのように、途方に暮れながら、ウンザリし、思考能力を保留しておく。

すると途端に世界が開けてくる。

この、イカレっぷりに翻弄されることが快楽になってくる。

マゾだっけ、私、みたいな。

特に、ございます大尉のセリフを目にした途端、いきなり、胃がかっと熱くなって呼吸が乱れたほどだ。

何なんだ、こいつは。

今はイワンが怖い。

何なんだ、こいつら。

私が2巻で大爆笑したのは、「カラマーゾフ力」という言葉を見たときだ。

カラマーゾフ力(りょく)って・・・ちょっと会話で使ってみたい・・・

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牧場主のぼやき10

「カラマーゾフの兄弟」は、東大教授が東大生に勧める本第一位らしいので、東大にひっくり返っても入れない私としては読んでやろうじゃないの、と燃えてくる。

ご親切に人物の呼称が統一されているらしい新訳が出た今なら、十代で挫折した私でも、きっと読破できるんではないか、と。

しかし、この山は、高い。

現在2巻を読書中だが、むむむ。

もともと、漱石の本を読んでいるときに、「露西亜の小説、ことにドストエヴスキの小説を読んだものは必ず知っている筈だ。如何に人間が下賤であろうとも、又如何に無教育であろうとも、時としてその人の口から、涙がこぼれる程有り難い、そうして少しも取り繕わない、至純至精の感情が、泉のように流れ出して来る事を誰でも知っている筈だ。」という一文があり、「・・・そうかい」と思ったことがきっかけだった。

また、てんかんの発作に度々みまわれていたドストエフスキーが、その都度、エクスタシーを感じ、失神していたというエピソードを、漱石が修善寺の大患で人事不省に陥った後、弟子がそのことを引き合いに出し、どんな感覚だったのか、と聞いているということを本で読んで、「・・・そうかい」と思ったこともきっかけだった。

また、齋藤孝が、これは「罪と罰」についてであるが、「私は常々、日本人はみな、『罪と罰』 を読むべきであり、誰もがこれを読んでいることを前提に話が出来るようになればいいと思っています。なぜならば(中略)世の中にいる人々をやさしい眼差しで見られるようになってきます。『ドフトエフスキーの作品に出てくる人間に比べれば、まだマシだ』 そう思えるようになるのです。」 と本で書いていたのを読んで、「・・・そうかい」と思ったこともきっかけだった。

また、個人的に母親殺しは萩尾望都の「残酷な神が支配する」などの作品でえんえんと考えたが、父親殺しはまだあんま考えてないな、と思ったこともきっかけだった。

というように、きっかけは枚挙に暇がないが、しかし、この山は高い。

読もうとしても、なかなか、子供がおかあさーん、としつこく話しかけてくるので・・・むむむ。

尻を出してやって来て、尻に触れと言う。

「冷たいでしょ、今、洗濯機にお尻つけて冷やしてきたんだ~」

だれだ、こんなしつけのなってないヤツを育てたのは!!

そんな理由で風邪を引いたりして仕事を休む羽目になったらぶっとばす・・・!!

筋を追えばいい話ばかり読んできたグウタラ主婦に、まとめて時間を、サンタさん!!

これを読めば、ドフトエフスキーの作品に出てくる人間よりましだ、とおおらかに、子供の冷えた尻を触って、本当だ、冷たいね~、パンツはいてね、と笑って言えるようになるだろうか。

私自身がドストエフスキーの書く人間よりましなのかどうか、それが問題なんでは・・・

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グアテマラの弟

グアテマラの弟

グアテマラの弟

著者:片桐 はいり

グアテマラの弟

人はたった一冊本を書いただけでこんなにも文が上手くなるのだろうか・・・

「わたしのマトカ」の次に書かれた片桐はいりのこのエッセイは、仰天するくらい面白かった。

その面白さは文章の技巧というレベルでもそうだが、それだけには留まらない。

書く価値があることを、読む価値があることを、彼女らしく、飄々と、ぶれずに、淡々と綴っている姿勢がとても面白いのだ。

もう、何で、この人に編集者はもっとはよ書かせなんだのか・・・この、リズムに、この視点。

とるにたらないようでいて、一つも言葉をそぎ落とせない文ってなかなかない。

何にも属さないでも、楽しいっていうこの力の抜け具合。

価値観が大多数の側でないことを、日本に主に暮らしていて、ここまであっけらかんと迷うことなく受けいれているこの一人の人間(女優というか人間と書いた方がしっくりくる)の本をもっともっと色んな人に読んでもらいたい。

甘苦い人生も、ポコ・ア・ポコ、か。

いいコピーだ。

表紙も素敵。

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わたしのマトカ

わたしのマトカ Book わたしのマトカ

著者:片桐 はいり
販売元:幻冬舎
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女優片桐はいりが「かもめ食堂」の撮影でフィンランドに一ヶ月滞在したときのことを書いたエッセイ。

まあ、女優が初めて書いたエッセイだからプロのエッセイストにはかなわないだろう、とたかを括っていたが、これがめっぽう面白い。

サルミアッキという飴的な真っ黒な物体を迷うことなく口に入れる片桐はいり。口に入ったものを吐き出すべきか、飲み込むべきかを判断する能力をなくすほどの衝撃をうけ、「脳が市松模様」になったとさらっと語る。

マッシュポテトのことを、「わざわざうんこ状に渦を巻いて盛られた」とこれまたさらっと表現している。

こんなかんじでフィンランドの文化(主に食文化)を面白可笑しく紹介してあるのだが、一番私が興味深かったのは、映画で彼女が演じた役とは違って、一人ということをすごく自然に受け止めているという姿勢だ。

そこに葛藤というかんじのものはなく、生まれながらにしてそうだった、そして死ぬまでそうなんだ、っていうすごく凪いだ平熱的な落ち着きがすごく素敵なのだ。

ポジティブというのとも違う。

自分を静かに肯定し続けることの自由さがそこにはある。

力むことなく、旅先でニラを探したい。そして、「ティファニーのウインドウをのぞきこむヘップバーンのような気分で、ガラス越しにニラを眺めた」とサラッと書きたい。

表紙も「グァテマラの弟」とお揃いでとても素敵だ。

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牧場主のぼやき8

録画していた舞台の芝居「血の婚礼」を見る。

森山未來くんを見る度、私はこの男の子のどこが好きなのか、なんとか言葉にしてみようとするのだけど、う~む。

そもそも私は彼のことをハンサムだと思っているのかさえ怪しい。

でも、確かに、自分の婚礼にやってきたら、やっぱ手を取り合って、逃避行したいなって思う。

芝居は、まあ、良かったが、何で根岸季依がとんちんかんに歌い出すのかよく分からなかった。

根岸季依の役としてつじつまが合わないような。

まあ、そういうとこは無視すんのが芝居の文法なのかしら?

見てて、一番素敵だったのは、江波杏子である。

もし、エレベーターに閉じこめられるなら、なるべく遠慮願いたいくらい素敵だ。

妄想スイッチオン。(もはや芝居と関係なし)

その密室には江波杏子と、麻美れいと、夏木マリが3姉妹として乗り合わせている。

もう一人、20代前半の若い男が運悪くそのエレベーターに閉じこめられてしまった。

エレベーターが止まってしまい、連絡が取れない不運について、久し振りに会ったらしい三姉妹がかんかんがくがく酸素を奪い合うように責任のなすりつけあいをすべく怒鳴っている。

怒鳴るのに飽きた三姉妹は、若い男を上から下まで舐めるように眺め、誰が長女で誰が次女で三女なのか当てろと笑いながらすごむのだ。

いちいち若い男の顔の輪郭やら鎖骨やら胸の筋肉やらをマニキュアを塗った爪の先で辿りながら喋る女たちは、取って喰いやしないわよ、と言いつつ、真っ赤な口紅をてらてら光らせながら時折舌なめずりするのが何ともこの世の者ではないような印象を与える。

若い男は何とか笑ってこの会話から逃れようとするが、女達は急に結託し、誰が一番歳を取っているのかしつこく当てさせようとする。

「みなさん、この世の者とは思えないくらい美しくて・・・」

「ふふふ、かわいい坊やだこと」

「ところでお腹すかない?」

「すいたわね」

「ええ、ほんとうにぺこぺこね」

ふと、若い男が一人の女の手を見ると、そこにはなんと鱗が!!

 もう一人の女の首筋をみるとそこにも鱗が。

 残りの一人の顔をみると、その赤い唇の間から、人の物とは思われぬ鋭い牙が!!

「あら、ばれちゃったようね」

三姉妹、はもる。

ひー!!

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牧場主のぼやき7

録画していた舞台の芝居「ロープ」を見る。

藤原竜也の舞台を見るのは「ロミオとジュリエット」、「天保12年のシェイクスピア」、「オレステス」に続いて4作目だ。

うーん、映画の芝居でのかっこよさを1キラとすると、舞台では10キラくらいかっこいいのはなぜなんだろう。

私は彼の、アンバランスなとこが好きだ。

童顔で、でも、背が高くて、大人なんだか子供なんだかよく分からない上、中性的な肢体をしている。のに、あの声!!

もう、あの、声は、脊髄に響くかんじ。

以前よりとても深くなったような気がする。

家に一台あったら、毎日本を朗読させるのに。

ランボーの詩とかを情感たっぷりに、セクスィーに。

でも、一番惹かれるのは、多分、あの、尋常じゃないテンションだ。

顔面紅潮力とでも言おうか、汗力とでも言おうか。

ああ、役に狂った謎の獣がここにいる、というあのかんじ、ここに命を掛けて舞台に立ち続ける謎の生き物が生きていることに立ち会えた、というあのかんじ、そこに世界がある、というあのかんじ。

言葉に出来ない。

「ロープ」自体は、まあ、野田秀樹なんで、多分、芝居を読み解く能力がない人は分からんでよろし、っていうインテリのためのものだろうと勝手に思っていたが、すごく分かりやすくて、ありがとう、アホな私でも分かるように砕いてくれて、っていう感じだった。すごく面白かった。宮沢りえは、声はどうかな? って心配したけど、とても良かった。

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他人を見下す若者たち

他人を見下す若者たち (講談社現代新書) Book 他人を見下す若者たち (講談社現代新書)

著者:速水 敏彦
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

実はわたしゃめったに新書に手を出さない。

だって、分かんなかったら、バカって自分で認めるのが嫌なんだもん。

その感情こそが、自分を頭がいいと勘違いしている証拠かも、と思って手にとって読んでみた。

よく考えたら、もう、学生じゃないし、分かんなくっても、別に誰にも怒られないし、バカがこれ以上ひどくはならないだろうし。

読んでみて、内容が分かりやすかったので、ほっとした。

そうか、最近の若者はそうですか・・・

多分、出版社も、アホの人でも分かりやすい文を書いてくれと頼んだのだろう、ふー、お陰で読めました。

作者の速水さんが紫のバラの人と同じ名字って事でチャレンジしてよかった・・・

って、やっぱり私ってバカってことを確認しただけでは・・・?

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牧場主のぼやき6

ダルのストレートに涙した翌日、大学駅伝に涙した。

うーん、繰り上げスタートでチームメイトが白たすきで走り去る後ろ姿は、もう、何とも言えない感情でいっぱいになる。

男の駅伝もいいが、女子の駅伝もいいわ~。

その日の夜はスケートだ。エバン・ライサチェック選手のストレートラインステップが高橋大輔選手のの「オペラ座の怪人」と似てて(素人は何でも同じに見えるだけなのでは・・・)憤慨する。 

いつもは言葉遣いに気をつけようね、とか言ってお母さんやってる私でも、畜生!ぱくりやがって!とか娘の前で怒鳴っている。

浅田真央選手が出てないけど、アメリカの14歳のキャロライン・ジャン選手の演技は見応えがあった。

ああ、忙しいわ、もう、心が・・・。

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牧場主のぼやき5

しばらく泳げなくなる、と思いながらプールにやって来た。

肌が塩素でかゆくなっても、髪が傷んでも、泳ぎ続けてきたっけ・・・と感慨にふけりながらプールでいつものように泳ぎ始めた。

すると、隣のレーンに白い水着を着たじいさんが入ってきた。

白い水着って珍しいな、下着に見えるもんな、と思いながらぼけっと泳いでいたら、じいさんの水着が水の動きに波打っているのが分かった。

あれは・・・ブリーフなんでは? 

いや、私は視力が悪いからそう見えるだけだ!

いや、眼をこらそうとしてはいかん、もし、真実が水着でなかった場合、どうすればいいんだ!

私は、トニーレオンとレスリーチャンのイケメンでも、白ブリーフは御免だ、と思ってる女だぞ、何故に神はこの私の隣りに彼をよこしたのか?

ブリーフの魅力を開拓しろと? これは神の啓示なのか?

いや、無理だ、誰がどう言おうとじいさんのブリーフだけはいただけん、いや、誰の何を頂く気はないが!!

ああ、平泳ぎはやめてくれ、もし、ゆるい下着に見えるあの白い水着に水が入って、ぺろんと脱げたりしたら! ああ、クロールもアブねえ、一体どうすればいいんだ?

仕方なく私は早々にプールを後にした。

確かめないまま、しまっておきたい真実もある。

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牧場主のぼやき4

今月は、イチローの誕生日がある。

そうだ、それはめでたい、ということで水着を買うことにした。

私の為に、私が欲しいものを買いますが、それが何か?

私が今愛用しているのは、真っ赤なナイキのワンピースと、arenaのピンクのこれまたワンピース、これを交互に着ているのだが、ナイキのマークがはがれて数字の「一」としか読めなくなっている、これは、もう、何かにこじつけて買うしかない、ということで買いにいくことにした。

私は、毎日泳ぎながら、次はもう、「おっさんそこのけ」水着を買おうときめていた。

「おっさんそこのけ」水着とは、完全なる競泳用の水着のことだ。

多分、北島康介とか、柴田亜衣とかがモデルをやってるような、スポーツメーカーが開発したハイテク素材で出来た・・・とにかくすごそうなヤツで、多分、貧乳が、さらに潰れてしまうが、そこは、泳ぐのに流線形体型が適しているから、と大いばりで言い訳できる、あの、セクシーさゼロのヤツだ。

アレをプールで着るのは、正直勇気が要る。

アレは、私は速いんです、と言ってるようなもんだからだ。

バタフライだってなんだって、はた迷惑な飛沫をあげて泳ぐんだぜ、プロテインは毎日丼一杯は流し込みます、っていうことを、筋肉で語っている人が着る物だ。

私はいつもいつも、何の目標もなく、ただ、40分間クロールをしながら、今日のおかずは何にしよう、とか考えながらぼけっと泳いでいるだけのおばちゃんだ。

だから、私には、着る資格はない。

たとえお目汚しだとしても、金を出せば何を着ても、犯罪とは言い難い、とはいえ、私だって常識ってもんがあるんだい、私は着てはいけないのよ、 と思っておったところに、おっちゃんの登場である。

おっちゃんは、そう、ナゼか、私の居るレーンにやってくる、謎の人だ。

お互いゴーグルをしてるんで、顔はよく分からない。

私は1キロくらいをえんえんと休憩なしに泳ぐのだが、おっちゃんは、25メートルを思いっきり泳いで、後は壁にぼーっと立って私の泳ぎを見ている。

そいで、私がターンしようと壁にタッチすると、いきなり、スタートし出す。

多分、彼は自分の泳ぎが相当上手いと思っている、そいで、私の泳ぎにもの申したいのだろう。

見よ! と私に見せつけたいのだ。

(私は貧乳なんで、ストーカーの線は薄い。顔はゴーグルで分からないし・・・ゴーグルを外すと美人みたいな言い方だが私は平均的モンゴロイド系の顔だ。勿論もてたことはない)

しかし、アピールされた泳ぎは、無駄な動きが多くて、まるで前に進まない。

ぶつからないよう、おっさんの泳ぎを凝視する羽目になる。

クロールは基本的に下を見て泳ぐものだ。

今まで、色んな人と同じレーンで泳いだ。

いつも、潜水ばかりして、(水深1.2メートル)私の下で泳ぎ、私の肺の空気を全部ゴボッと出させるべく唐突な呼吸の為に全く読めない間合いで急浮上するおっさん・・・(この人も私のレーンを選んで一時期よくやって来ていたな・・・)

また、後ろを向いて、脇を締めたまま両手の平をクリオネのようにひらひらさせて水面に犬かきのように頭を出しながら体を垂直にさせつつバックして進むという(書いていても説明が難しいが、とにかく沈まなくて、進んでいる泳ぎ)新しいオリジナルな泳ぎを開拓しているむきむきの兄ちゃん・・・

ああ、みんな、普通に泳ごうよ、私はほら、競泳用の水着を着てる水泳バカですよ、もう、謎の泳ぎは沢山です、っていう、アピールをすれば、おお、気のせいか、何か、あの女、速そうだ、ってことになるだろうと。

しかし、試着して、ビックリした。

私は貧乳で、しかも、凹凸がない生まれながらの流線型体型(涙)なのに、大抵、Sサイズで済むのに、Mが入らない。

仕方なく、Lを着てみるが、何とか入ったものの、何となく呼吸が苦しい。

まあ、少し太ったかもしれん、でも、Lが苦しくなるほど太ってはいない。

夫だってヘルニアで腰を痛めていなければ、そして愛があれば、お姫様抱っこだって可能な体重である。むん。

むむむ・・・競泳用水着って、体格のいいねーちゃんのおっぱいを潰すために、ここまできっちきちなのか、しかし、貧乳なら、ゆるゆるでいいはずでは? うーん、塩素に強い素材ってことで伸縮性を過剰にしたのだろうか・・・

いや、私の胸が大きくなったという証明では? 

って、あり得ないし・・・というわけでイチローの誕生日の祝いは保留である。

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